ワールドカップストーリー: マルコス・ロホ

アルゼンチン対ナイジェリアの試合で、アルゼンチンが勝たなければ、グループリーグ敗退が決まっていた。前半14分にメッシのゴールで幸先よく先制するも、51分にPKで同点にされると、その後は、決定的なチャンスを作れず、嫌な雰囲気が漂っていた。そんな中、86分にCB(コーナーバック)のロホが攻め上がり、華麗なボレーを決めて、アルゼンチンをグループリーグ敗退の危機から救ったのだった。彼が逆転ゴールを決めるとは、誰も予想していなかっただろう(ハイライト動画は下に有)。

2014年にブラジルワールドカップの決勝でもプレーし、現在、マンチェスター・ユナイテッドに所属するマルコス・ロホはどんな修羅場をくぐってきたのだろうか。

マルコス・ロホは、ブエノス・アイレスから40km程離れた、エル・トリウンフォで貧しい家庭環境に育ち、4歳には、地元のエストゥディアンテスのユースでプレーしていた。街は犯罪とフットボールを愛する人々で知られている。「フットボールを始めた頃、父親は車を持っていなかったんだ。家は貧しく、家からトレーニング場所までも、近いわけでもなかった。だから、父親と長い時間かけて、(約20kmを)自転車で行かなければならなかった。」ロホはプロサッカー選手になる夢を叶える為に、多くを犠牲にしてきた。

元サッカー選手である父親はロホについて次のように語った。「彼の中にある情熱を見る事が出来たし、彼の中に自分自身も垣間見る事が出来た。常にボールを追いかけていたんだ。同じ年代の少年達とは違っていたね。」

当時のユースコーチはロホについて次のように語った。「技術的には、いい選手だった。だけど、他の選手の中でもいつも際立っていたものは、もっと上手くなりたいという強い気持ちだった。」

学校を途中で辞め、18歳の頃には、エストゥディアンテスでプロとしてプレーしていた。泥棒や争いが取り巻く中で、そうした事件が死に発展する場合もある。「フットボールが彼の救いだった。ここでは、強くなければならない。」と兄弟のフランコ・ロホは語る。「父親はマルコスがフットボーラーになる為に全てを注ぎ込んできた。いつもトレーニングをして、一つのトレーニングも逃す事のないようにしてきた。」

そして、2009年にはコパ・リベルタドーレスで南米王者になり、2010年にはリーグ優勝も達成。2011年には、活躍の場をヨーロッパに移し、ロシアのスパルタ・モスクワに在籍。出場機会にはあまり恵まれなかったが、2012年にはポルトガルのスポルティングへ移籍。そこでの活躍が認められ、ブラジルワールドカップへの出場を果たし、アルゼンチンの決勝進出に貢献した。この活躍もあり、ワールドカップのスポンサーだったカストロールが選ぶワールドカップのベストメンバーにも選ばれ、マンチェスター・ユナイテッドの移籍を果たす。

だが、大金を求め、ビッククラブに移籍したロホの家族が襲われる事もあった。犯人は、父親を殴り、母親の頭に銃口を突きつけ、彼の娘達も殺害すると脅したのだ。こうした犯罪が横行する環境の下で、犯罪や暴力に手を染めず、フットボールに集中し、夢を叶えてきた事は決して容易ではなかっただろう。

マンチェスター・ユナイテッドでは、2016年のヨーロッパリーグ準々決勝で、十字靭帯を痛め、重症を負おったが、チームの優勝に貢献した。2017-18シーズンは、クラブであまりプレーできていなかったが、ワールドカップメンバーとして招集される。アイスランド戦ではプレーするも、クロアチア戦では、戦術的な事もあってか、スタメン落ちした。しかし、ナイジェリア戦で劇的な逆転ゴールを決めて、自身の存在をアピールした。

アルゼンチン対ナイジェリアのハイライトは↓

決勝ラウンドでは、フランスと対戦するが、ロホは自身の存在を再びアピール出来るか、注目である。