ワールドカップストーリー: ルカ・モドリッチ

紛争地から世界最高のミッドフィルダーへ
1985
年にヴェレビト山脈の傾斜にある小さい郊外に生まれたモドリッチの子供時代は、伝統的な生活とは程遠いものだった。

父親と母親は、過酷なスケジュールで働き、彼の面倒を見たのは、祖父だった。幼いモドリッチは常に祖父と一緒に時間を過ごし、2人のつながりはとても強くなっていった。

当時は、クロアチアもユーゴスラビア連邦の一部だったが、国民は独立を求めて、戦争を始めた。モドリッチの生まれた街も、戦争の中心地の一つであり、父親もやがてクロアチア軍の入隊を余儀なくされた。19911218日は6歳のモドリッチにとっては忘れられない日となってしまった。祖父は、いつものように、牛と共に丘を登ると、セルビア反乱軍の目に止まり、冷酷にも殺害されたのだ。戦争は、次第に激しくなり、モドリッチ一家も街を抜け出し、避難民としての生活することになる。

コロヴァレという最も大きいホテルの一つを避難所として見つけ、そこに7年間住むようになる。そこで知り合った友達とフットボールを始め、夢中になる。それが、ホテルで働いていた人の目に留まり、NZ ザダルのダイレクターに電話したのだった。そして、7歳のモドリッチに感銘を受けたダイレクターのトミスラフ・バシッチはスポーツアカデミーへの入学のチャンスを与えたのだった。当時のモドリッチの体は、華奢(きゃしゃ)で、クロアチアの強い潮風に吹き飛ばされてしまいそうであったが、それを補うだけのボールコントロールという資質を兼ね備えていた。まだ若いにもかかわらず、ボールタッチは驚くほど正確で、ダイレクターを魅了したのだ。モドリッチはこうして、困難な生活から一転して、フットボールのスターへの階段を駆け上がるようになる。

だが、モドリッチのフットボールキャリアは必ずしも、順風ではなかった。12歳の時には、熱烈なファンだったハイドゥク・スプリトから、チャンスをもらったが、クラブは彼を小柄で、虚弱と評価したのだった。これには、若いモドリッチも打ちひしがれ、フットボールを辞めようかとも考えたが、バシッチは彼に自信を再びつけさせ、フィットネスの向上のために個人トレーナーまで雇うほどだった。

そして、その後、バシッチはクロアチアのトップクラブであるディナモ・ザグレブと仲介し、モドリッチはザグレブのユースでプレーする事になった。時折、モドリッチの潜在能力を感じさせるプレーを見せるも、パフォーマンスでザグレブを納得させるまでには到らなかった。17歳で家族から離れ、新しい環境に慣れる事は若いモドリッチにも容易ではなかった。翌シーズンは、ボスニアのズリニスキにローンで出された。当時のボスニアリーグは最も過酷で、肉体的にも負荷が大きいリーグと見なされていた。モドリッチはそこで萎縮する事なく、創造性と不屈の精神を身につけて、成長し、リーグの年間最優秀選手にも選ばれた。だが、ザグレブはそのパフォーマンスにも納得せず、次シーズンは、クロアチアのインテル・ザプレシッチへローンに出す。モドリッチはそこでも活躍し、チームを2位のポジションに導き、その結果、U-21のクロアチア代表にも招集され、ザグレブと10年契約を交わしたのだった。このお金で家族の為に住まいを購入したモドリッチ。7歳から20歳までの約13年間、絶え間なく、フットボールに力を注ぎ、ザグレブの契約をもぎ取り、避難民という汚名を晴らしたのだった。

その後、ザグレブで、3年連続のリーグ優勝に貢献。こうした彼の活躍は、ヨーロッパのクラブからも目に止まり、2008年にはトッテナムへ。そして、2012年には、モウリーニョ体制のレアル・マドリードへの移籍を果たした。レアル移籍当初は、移籍した価値があるのか?と叩かれたが、今では、彼の能力を疑うものはいないだろう。レアルで4度のチャンピオンズリーグ制覇に貢献した。

クロアチアは独立後、1998年のフランスワールドカップが初出場だった。この時は、ボバンやシューケルを要し、日本とグループリーグで対戦し、3位の成績を残して、クロアチアの独立をアピールした。モドリッチを要する今回のクロアチア代表は、タレント豊富で、バルセロナで活躍するラキティッチやユヴェントスのマンジュキッチなどが名を連ねる。アルゼンチンを3-0で破り、グループDを首位で通過したクロアチア代表は、98年の再現が出来るかと期待されている。ここまでの3試合で、2試合のマンオブザマッチに選ばれているキャプテンのモドリッチ。彼の活躍がクロアチアの鍵である事は言うまでもない。

モドリッチのアルゼンチン戦のゴールは↓

 

プロフィール
本名: ルカ・モドリッチ
国籍: クロアチア
出生地: ザダル
生年月日:1985年9月9日 (32歳)
身長: 172cm
ポジション: ミッドフィルダー
<主な所属クラブ>
ディナモ・ザグレブ(2004-08), トッテナム(2008-12), レアル・マドリード(2012-)
<主なタイトル>
リーガエスパニョーラ(2016-17), , チャンピオンズリーグ4回(2013-14, 2015-16, 2016-17, 2017-18) 等々
<個人受賞歴>
UEFA欧州最優秀選手賞1回(2017-18)
FIFAワールドカップ最優秀選手賞 2018
クロアチア年間最優秀選手6回(2007, 2008, 2011, 2014, 2016, 2017) 等々

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