ダリッチ監督: 成功までの厳しい道のり

クロアチア代表ダリッチの監督してのキャリアは、ワールドカップでのクロアチア代表の戦いぶりに酷似している。それは、評価と敬意を得るまでの、長く、厳しい道のり。

51歳のダリッチは、1998年のフランスワールドカップでクロアチアを3位に導いたブラゼビッチに指示を仰いだ。その後、クロアチアのクラブを指揮していたが、2010年には、大きな決断を迫られる事になる。中東へ移籍する事が、監督としての彼の価値を証明する唯一の道のりだった。

8年前、敬意という言葉が、サウジアラビアへ向かう決断した時にも重要なものだった。アル・ファイサリーの監督をした後、アル・ヒラルとアル・アインというこの地域で最も大きいクラブの2つの監督も経験した。

ダリッチは次のように語る。「キャリアにおいて、人生において、常により厳しい道のりを取ってきたし、全てに対して、戦ってきた。クロアチアに居続けて、資料に頼ったままの、二流のコーチのままではいたくなかったんだ。クロアチアのコーチは、たとえいい結果を出しても、ヨーロッパでは、敬意を払われない。みんなブランドネームを探しているからね。だから、いっその事、はしごの底から始めたんだ。アジアから声がかかった時、ためらわなかったんだ。偉大な選手達と取り組めるだろうというのは、わかっていたからね。アル・アインは、アジアのレアルマドリードで、その監督をして、アジアチャンピオンズリーグの決勝に導いたんだ。こうした主要大会のチャンスを逃すべきではないね。ヨーロッパでの監督の中には、選手時代の名前を背負って、大きい仕事に就く人もいるが、自分はそうした監督とは違い、何も与えられてこなかった。」

そして、それから7年後。

ワールドカップ予選で、アイスランド、トルコに敗れた無秩序のクロアチア代表を引き継いだのは彼だった。ゆっくりと結束力を作り上げ、個人のタレントの集まりからベストの力を引き出し、ワールドカップ本大会出場、そして、ロシアワールドカップで、クロアチアを決勝へと導いたのだった。その業績は、現バイエルンミュンヘンのニコ・コヴァチ監督も(2013-2015年にクロアチアを指揮)、元ウエストハムの監督だったビリッチ監督も(2006-2012年にクロアチアを指揮)成し得ない偉業だった。

「常に楽観的だった。全てにおいて、ポジティブな事を探していた。確かに多くの問題も抱えていたが、さらに問題を作り出していたなら、決勝には進んでいなかっただろう。」

「レアルか、バルサの仕事をくれたら、タイトルを獲得するとよく言ったもんだよ。でも、今、こうしてワールドカップの決勝に進出出来たんだ。」


最後にクロアチア代表の帰国を歓迎するファンの動画をチェックして終わりたい↓