ストーリー:サラー「本当に辛い時期だった」

2017-18シーズンのプレミアリーグ得点王に輝き、PFAの年間最優秀選手賞を獲得したサラー選手。そんなサラー選手がリバプールFCのインタビューに答えていた(インタビューは、公式ホームページで2017年12月に公開されたものである)。

14歳の時に、 初めて、アラブ・コントラクターと契約して、プロとしてのキャリアが始まった。でも、自分にとって辛い時期でもあったんだ。元々は、自分の村のバシューンから30分離れたクラブでプレーしていて、それから、1時間半離れたタンタにあるクラブと契約した。そこから、カイロにあるアラブ・コントラクターに行ったんだけど、トレーニングするために、毎週5日間、4時間から4時間半かけて移動していたんだ。

トーレニングに行くために、学校を早く出なければならなかった。学校に7時から9時まで行って、それから、書類を渡していたんだ。それには、こう書いてあった。「モーは、学校を早退する事が出来る。そうすれば、彼は、トーレニングの為に、14時にクラブに到着出来る。」その頃は、12時間の為に、学校にいたんだ。もし今頃、フットボーラーになっていなかったら、全てが難しくなっていただろうね。

毎週5日間、それを3~4年間毎週、その距離を移動していたんだ。9時に学校を出て、トレーニンググラウンドに着くのが、14時から14時半。トレーニングはいつも15時半か、16時から始まる。トレーニングが終わるのは、18時。そこから家に戻って、家に着くのが、22時か、22時時半。それから、食べて、寝て、次の日は、同じ事繰り返しさ。

ただ1つのバスに乗ればいいというものでもなかった。トレーニングに行く為に3回、4回、時には5回もバスを乗り換えて、また家に帰ったんだ。

本当に辛い時期だったんだ。でも若かったし、フットボーラーになりたかったんだ。有名になりたかった。特別な存在にね。何にもないところから出てきた、夢を持った14歳の少年だったんだ。フットボーラーになれるかなんて、分からなかったんだ。だたそうなって欲しいと強く思っていたんだ。

今だに、ユース時代の事を全てはっきりと覚えているけど、フットボールのキャリアを始められると思うようになったのは、何歳の頃かは覚えていない。16歳か、17歳の時に、全てがもっと重要だと感じたんだ。1軍のチームと一緒にいて、特別な存在になれそうだった。だけど、それより前は、若かったし、ただフットボールをプレーしたくて、楽しみたかったんだ。

フットボーラーになれないという事が怖かったけど、ベストを尽くしたし、最終的に全てが上手く行く事を願っていた。16歳の時に、1軍でデビューして、全てが重要に感じたんだ。フットボーラーになっていなかったら、何になっていたかを言う事は出来ないけど、14歳でプレーを始めてから、頭の中の全てが、フットボーラーになる事だった。

疑問もあった。”自分がどのようなるか。” それを言う事は難しい。フットボーラーになる事以外、頭になかったからね。もし良いフットボーラーにならなかったら、今の自分の人生は、難しいものになっていただろうね。なぜなら、全てをフットボールに捧げていたからね。

(以上)

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