ストーリー: ポチェッティーノと恩師ビエルサ

選手としてのビエルサとの出会い
ポチェッティーノは、アルゼンチンのサンタフェ州にあるマーフィーという小さな町で、農場労働者の息子として生まれた。ポチェッティーノが13~14歳の頃、ニューウェルズのユースコーチをしていたビエルサ(現 リーズ監督)にスカウトされた。ビエルサをグアルディオラは最高の監督と評し、他にもシメオネ等といった監督もビエルサに影響を受けている。このビエルサとの出会いがポチェッティーノの将来を大きく左右する事になる。

ビエルサは、ポチェッティーノをスカウトする為、何時間もかけて、車を運転したが、ポチェッティーノの家に着いたのは、夜中の2時過ぎだった。ビエルサは、両親に頼んで、寝ているポチェッティーノの足を見せてもらい、”フットボーラーの足をしている”と判断して、彼を契約したのだった。

その後、1988年にニューウェルズでデビューすると、1990-91シーズンには、アルゼンチンリーグの前半戦(アペルトゥーラ: 開幕)で優勝し、91-92シーズンは、後半戦(クラウスーラ:閉幕)で優勝した。また、コパ・リベルタドーレスの決勝にも進出した。優勝時に監督を務めていたのは、トップチームへ昇格したビエルサだった。この時のコーチング方法や哲学がポチェッティーノに大きな影響を与えた。

1994年、当時22歳でスペインのバルセロナにあるエスパニョールに移籍。6シーズン半在籍し(~2001年)、250試合以上をプレーし、1999-2000シーズンには、コパ・デル・レイ(スペイン国王杯)を獲得して、クラブのヒーローとして崇(あが)められた。

さかのぼること、98年にはビエルサがエスパニョールの監督に就任。ビエルサがポチェッティーノに、自身の前年度の評価を10点満で聞くと、ポチェッティーノは、9点か、10点と心の内では思ったが、謙虚に8点と答えた。するとビエルサは、次のように回答した。「お前は、最低なやつだ。もし、同じようなパフォーマンスでプレーしたら、私のチームでも、アルゼンチン代表でもプレー出来ないだろう。」そう言われた夜、ポチェッティーノは、泣きながら、車を運転して、家路に着いたのだった。当時をこう振り返っていた。「あの後、言われた事が正しかったと認識したんだ。自分は最低なやつだってね。その後、ワールドカップでもプレーした。パリ・サンジェルマンからオファーをもらった。ビエルサに言われた事が人生を変えたんだ。」ビエルサは、この後、エスパニョールの監督を退き、すぐにアルゼンチン代表の監督になったが、ニューウェールズでも一緒だったポチェッティーノのポテンシャルを見抜いて、放った一言でもあった事だろう。

監督として
2009年1月、ポチェッティーノは、ほとんど経験のないまま、エスパニョールの監督に就任した。チームの使命は、降格圏を脱出する事だった。そして、試練はわずか数試合しか経験していない2月にやってくる。後に3冠(リーグ、国内カップ、チャンピオンズリーグ)を達成したグアルディオラのバルセロナとアウェイでダービー対決をしたのだ。メッシ、アンリ、エトー、シャビを抑えなければならなかった。だが、前半にバルサのケイタが退場になった事もあり、ポチェッティーノのエスパニョールは、カンプノウで2-1とバルセロナを破ったのだ。このカンプノウでの勝利は、チームとしては、27年ぶりの快挙だった。

試合後の記者会見でポチェッティーノは次のように語っていた。「どうやったのか、わからない。エスパニョールは最下位で、バルセロナは、上位だった。みんながエスパニョールは死んでいて、チャンスはないと言った。だから、特別な勝利だった。」だが、その成功の裏には、野心と戦術的なインテリジェンスがあった。攻撃的だが、組織的な守備的で、高い位置での積極的なプレスを仕掛ける。それは、恩師のビエルサの影響を受けたスタイルでもあった。ポチェッティーノはこう続けた。「監督として指揮を取ってから、まだ3,4試合だった。違ったスタイルをエスパニョールにもたらし始めたんだ。高い位置からプレスを仕掛け、バルサを驚かせる計画だった。エトー、アンリ、ヤヤ・トゥレ、プジョル、イニエスタといった選手達がエスパニョールのプレーの仕方に驚いていた。」

試合後、選手やスタッフの間には、残留への希望、未来への楽観視が広がり、巧みなポチェッティーノが事態を好転させた。ビエルサを尊敬するグアルディオラでさえ、ポチェッティーノのスタイルに感銘を受けた。「フットボールのスタイルがとても似ていると感じた。」

そして、ポチェッティーノは、残り10試合中8試合を勝利で飾り、チームを見事残留に導いたのだった。この結果もあり、契約を延長し、2011-2012シーズンの11月まで、エスパニョールを率いた。その間、不調で、スペインに順応出来なかった中村俊輔や、バルセロナのコウチーニョが彼の下でプレーした。そして、そこからサウサンプトン、トッテナムと監督としてのキャリアを駆け上がる事になる。

2009年2月のバルセロナ対エスパニョールの試合のハイライトは↓
(フットボールのスタイルまでは、ハイライトからはわからない….)


ビエルサは、イングランドのリーズの監督になってから、トッテナムのポチェッティーノについて次のようにコメントした。「ポチェッティーノは自分自身のキャリアを積み、ユニークなスタイルを作り上げた。グアルディオラやポチェッティーノは、他の人々の参考になりうる。」


(参照)

Evening Standard
Daily Mail
TEAMTalk