ストーリー:マンジュキッチ 過小評価されたストライカー

マリオ・マンジュキッチは、輝かしいキャリアを持つものの、あまり評価されていないストライカーだ。2012-13シーズンは、バイエルン・ミュンヘンでリーグ、チャンピオンズリーグ、国内カップの3冠達成に貢献した。チャンピオンズリーグ決勝のドルトムント戦では、ゴールも決めた。だが、その輝かしい栄光もつかの間、ストライカーのポジションはレヴァンドフスキに取って代わり、わずか2シーズンでバイエルンを去り、2014-15シーズンには、アトレティコ・マドリードへ移籍する。アトレティコ・マドリードでは、43試合に出場し、20ゴールを決めて、スーペルコパ・デ・エスパーニャ(スペインスーパーカップ)を獲得し、2015-16シーズンにユヴェントスへ移籍した。ユヴェントスではリーグ及び国内カップで3連覇に貢献すると共に、2016-17シーズンはチャンピオンズリーグ決勝にも進出し、決勝でレアル相手に決めたオーバーヘッドキックは、チャンピオンズリーグのベストゴールにも選ばれた。

そして、今年行われたロシアワールドカップでもクロアチア代表のストライカーとして、準決勝のイングランド戦でゴールを決めるなど、クロアチアのワールドカップ決勝進出にも貢献した。だが、ワールドカップで脚光を浴びたのは、レアル・マドリードでチャンピオンズリーグを制覇したモドリッチだった。

 

ストーリー
1986年5月21日、マリオ・マンジュキッチは、クロアチアで最も美しい都市として知られるスラヴォンスキ・ブロドに生まれた。その後、ボスニア・ヘルツェゴビナのオジャクで幼少期を過ごす。92年に内戦が勃発すると、家族は一時ドイツのディツィンゲンに移り住んだ。「自分にとって、唯一重要だったのは、家族の安全だった。ドアの外では、人々は殺されていた。それ以上、そこにいることは出来なかった」と当時の事を父親は話す。家族はドイツで約4年間過ごすが、それ以上、ドイツでの滞在継続許可が下りなかった。だが、ちょうど内戦も終了し、家族はスラヴォンスキ・ブロドへ戻る事になった。

父親の影響で、ドイツのディツィンゲンでユースチームへ加入していたマンジュキッチは、クロアチアへ戻っても、サッカーを続け、2004年、マルソニアで18歳にしてプロデビューを果たす事となる。そして、その能力は、98年のフランスワールドカップでクロアチア代表を3位に導いた、ブラジェヴィッチ監督に認められ、2007年には、クロアチアの名門、ディナモ・ザグレブへ移籍を果たした。移籍1年目から主にセカンド・ストライカーとして、29試合に出場し、12ゴール、11アシストを記録し、国内リーグ戦とカップ戦制覇に貢献する。そして、2009-10シーズンまでに127試合で61ゴールを決めて、国内リーグ3連覇を達成した。その活躍は、ヨーロッパにも知れ渡り、かつて住んでいたドイツのブンデスリーガへ舞台を移す事となった。現在ローマのストライカーであるジェコがヴォルフスブルクからマンチェスター・シティへ移籍すると、2011-12シーズンのヴォルフスブルクは、マンジュキッチ中心のチームとなり、マンジュキッチ自身も大きく飛躍したシーズンだった。ブンデスで12ゴール、10アシストを記録し、この活躍もあって、2012−13シーズンには、早くもバイエルン・ミュンヘンに移籍することになる。そして、怪我のマリオ・ゴメスに代わって、活躍し、リーグ、国内カップ、チャンピオンズリーグを制覇した。だが、翌シーズンにハイケンスからグアルディオラがバイエルンの監督になると、自分のプレースタイル(下記参照)に合わないとして、48試合で26ゴールを記録するも、2014年にアトレティコマドリードへ移籍した。アトレティコでは、シメオネのスタイルにあってか、リーガ・エスパニョーラ1年目にして、2桁台の得点を記録し、翌年にはユヴェントスへ移籍した。

元ユヴェントスのゴールキーパーだったブッフォンは、2016-17シーズンのチャンピオンズリーグ決勝へ進出した秘訣について、チームメイトのマンジュキッチを例に挙げ、彼のハードワークぶりをこう評した。「決して倒れない大きいゴリラのようでもあるし、鼻の周りを飛び回るハエのように走り回る。」

クロアチア代表監督のダリッチは、マンジュキッチの事をクロアチアチームの魂と名付けた。それだけ、ハードワーカーという事でもある。

ピッチでは、気性が荒いように見えるマンジュキッチだが、彼のナイキのスパイクには、フィアンセのイヴァナの名前と愛犬の名前が記されているという一面もあり、プライベートはあまり表にさらけ出していない。

 

 

プレースタイル
身長190cmという体格から、フィジカルや空中での競合いが強いが、それだけでなく、テクニックもあり、多才で、適応能力もある。ターゲットマンとして、使われたかと思えば、ウィンガーとして、動き回る事ができ、無尽蔵のスタミナを持ち、ディフェンスでも貢献する。その為、ウィングバックとしても起用されるほどである。また、戦術眼にも長けており、他の選手の為にスペースを作る動きも出来る。アッレグリ率いるユヴェントスでは、ストライカーとしても、ウィンガーとしても、ウィングバックとしても重宝されている。弱点は、イエローカードの多さかもしれない。

説明よりも動画を見た方が早いかもしれない。

①2016-17シーズンのチャンピオンズリーグ決勝のオーバーヘッドキックゴール↓

②チャンピオンズリーグのマンジュキッチのトップ5ゴール↓
(ユヴェントス、バイエルン・ミュンヘン、アトレティコ・マドリード)

③ アトレティコ・マドリード時代のゴール集 (約20MB)

④ブンデスリーガのマンジュキッチのトップ5ゴール↓
(バイエルン・ミュンヘン、ヴォルフスブルク)


32歳のマンジュキッチだが、ユーヴェのチームメイトである33歳のロナウドとまだまだ何かやってくれそうである。

 

プロフィール
本名: マリオ・マンジュキッチ
国籍: クロアチア
出生地: スラヴォンスキ・ブロド
生年月日:1986年5月21日 (32歳)
身長: 190cm
ポジション: フォワード
<主な所属クラブ>
ディナモ・ザグレブ(2007-10), ヴォルフスブルク(2010-12), バイエル・ミュンヘン(2012-14), アトレティコ・マドリード(2014-15), ユヴェントス(2015-)
<主なタイトル>
ブンデスリーガ2回(2012-13, 2013-14), , チャンピオンズリーグ1回(2012-13) , セリエA3回(2015-16, 2016-17, 2017-18) 等々
<個人受賞歴>
クロアチア年間最優秀選手2回(2012, 2013) 等

参考記事)
Croatia Times
Guardian
Bundesliga

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