レジェンド: ジネディーヌ・ジダン

ジダンは内気であるが、うろたえない。華麗なボールコントロールとテクニックは芸術的で、人々を魅了したかと思えば、突如として、感情を爆発させ、カッとなる。ジダンという選手はユニークそのもので、型にはまらない。それが彼を特別な選手にしたのかもしれない。

ジネディーヌ・ジダンは、アルジェリア系の両親のもとに生まれ、フランスのマルセイユで貧しく育った。だが、フットボールを通じて、そうした環境から抜け出し、プロとしてのキャリアを築いた。幼いジダンは只々、フットボールに夢中だった。

17歳でフランスリーグ1部のカンヌでプロデビュー果たすと、翌シーズン(1990-91)には、ナント相手にプロ初ゴールを決めた。そこには、機敏で、テクニックを兼ね備えたまだ10代のジダンがいた。デビュー戦の大胆なループシュートは、すでに一流の選手の片鱗(へんりん)を見せるものであった。

デビュー戦のゴールシーンは↓

 1992年にボルドーへ移籍すると、1993-94シーズンには、リーグ・アンの若手最優秀選手に、1995-96シーズンには、リーグ・アンの最優秀選手と、瞬く間にスター選手としての道を駆け上がり、翌年にはイタリアのセリエAの名門、ユヴェントスへ移籍を果たした。そして、ユーベ1年目にして、セリエAのスクデットを獲得し、セリエAの外国人最優秀選手にも選ばれた。この年は、チャンピオンズリーグも決勝に進出したが、ドルトムント相手に3-1と敗れた。翌シーズン(1997-98)もセリエA優勝を飾り、チャンピオンズリーグも決勝に進んだが、レアル・マドリー相手に1-0と惜しくも敗れた。

 

2つのワールドカップ
1) ’98フランスワールドカップ
クラブで勢いに乗るジダンは、98年に自国フランスで開催されたワールドカップでエースとして初優勝を期待されていた。だが、グループステージ第2戦のサウジアラビア戦で、相手選手をスパイクで踏みつけて、レッドカードで退場になり、2試合出場停止になった(写真)。

ジダンがフランスワールドカップで目立った活躍を見せたのは、決勝のブラジル戦だった。94年のアメリカ大会で王者のブラジルは、ロナウド、リバウド、ベベット、ロベルト・カルロス、カフー、ドゥンガといった名だたる選手達を要したが、エースのロナウドが決勝前に意識を失った事もあり、本来の力を出せず、ジダンが前半にコーナーキックから2得点をあげる活躍をみせた。この活躍は、フランスのワールドカップ初優勝の快挙と合間って、ジダンの活躍を人々に印象づけるものとなり、1998年にはバロンドールを獲得した。

’98ワールドカップ決勝(ブラジル対フランス)のハイライトは↓

 

2) 2006 ドイツワールドカップ
2000年には欧州選手権で優勝し、2001年には、レアル・マドリードへ移籍したジダン。そして、そのシーズンには、チャンピオンズリーグ決勝で歴史に残る美しいダイレクトボレーを決めて、優勝に貢献した(ボレーの動画は下に)。だが、2002年の日韓ワールドカップでは、大会直前に左太ももの肉離れを起こし、無理を押して出場するも、本調子ではなく、チームもグループリーグで敗退した。2004年の欧州選手権では、ジダンはイングランド戦でロスタイムに2得点を決めて、逆転勝ちし、欧州王者の風格をみせたかに見えたが、準々決勝で格下のギリシアに敗れ、ジダンは32歳で代表引退を宣言した。だが、フランス代表は、ジダンの後釜を見つけるのが難しく、その後、ジダンは代表に復帰する。そして、ドイツワールドカップをもって、
選手を引退すると、表明した。ベスト16でスペイン、準々決勝でブラジル、準決勝でポルトガルを破ったジダン率いるフランス代表にとって、エースの最後を華々しく飾る舞台は整っていた。だが、決勝でイタリアはそう簡単に勝たせてくれなかった。フランスはPKで先制するも、イタリアはマテラッツィのヘディングで同点に追いつく。そして、アノ有名なジダンの頭突き事件は起きた。エース自らが優勝のチャンスを吹いにしたのだった。ユニフォームを執拗(しつよう)に引っ張るマテラッツィに、ジダンは、「ユニフォームが欲しかったら、試合後にやるよ。」と言うと、マテラッツィは、「売春婦のお前の姉の方がいいね。」と罵(ののし)った。そして、マテラッツィへ頭突きをしたジダンはレッドカードで退場となった。あまりにも劇的な偉大な選手の幕切れだった。

ドイツワールドカップ決勝(フランス対イタリア)のハイライトは↓


●ジダンのトップ6ゴール(UEFAによる)は↓
(チャンピオンズリーグ決勝のレヴァークーゼン戦のボレー他)

●ドイツワールドカップ ブラジル対フランスのジダンのテクニック集↓
ブラジルの選手相手にここまで出来るのは凄い。

プロフィール
本名: ジネディーヌ・ヤジッド・ジダン
国籍: フランス
出生地: マルセイユ
生年月日:1972年6月23日 (46歳)
身長: 185 cm
ポジション: 攻撃的ミッドフィルダー
<選手としての所属クラブ>
カンヌ(1988-92), ボルドー(1992-96), ユヴェントス(1996-2001), レアル・マドリード(2001-06)
<選手としての主なタイトル>

ワールドカップ(1998), ユーロ(欧州選手権)(2000), リーガエスパニョーラ(2002-03), セリエA2回(1996-97, 1997-98)等々
<選手としての個人受賞歴>
バロンドール(1998) ,ワールドカップ・ゴールデンボール(大会最優秀選手)(2006), FIFA最優秀選手賞3回(1998,2000, 2003),セリエA最優秀選手賞(2000-01) 等々

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